仕事上知り合った方の中には、電話やメールだけの連絡に終始してしまい
実際には一度もお会いしたことがない、という方がいらっしゃいます。
日々やり取りする中で、声の質感やトーン、言葉遣いや、笑い方などなど
何回も繰り返していくうちに、ぼやっとしたその方のイメージができてきます。
私にとってこれは本を読んでいるときと同じ状態です。
原作が好きだった話がドラマになったり、映画になると
物語の登場人物がいきなり実像となり、
良くも悪くも脳内で出来上がっていたイメージを刷新します。
生身の俳優は、もやっとした架空の人物像を更新して
もう2度と思い出すことができません。
好きな原作の映画やドラマを見ないという理由になるくらいです。
(漫画についてはそんなこともなく、原作や原作、実写は実写
それぞれ別物として楽しめます。)
声で勝手なイメージが出来上がっている方と実際にお会いすると、
知らない人という視覚と馴染みのある声という聴覚が
バラバラに存在していてしばらくの間不思議な感覚に襲われます。
声だけで作ったイメージと実際が乖離している場合は殊更です。
声というのは、身体の器官を通じて発せられるので
お相撲さんみたいな太った人は”ごっつあんです”みたいな声
スネオみたいな人は”おい、のび太"みたいな声になるはずで、
その共通のイメージがあるからこそ、漫画などではデフォルメされる
のでしょう。
だとすると、声だけのイメ―ジで大まかな実際の相手とは
そんなに違わないはずなのにたまに全くと言っていいほど
違う方がいる。
本の登場人物が実写になったとき、
声しか知らなかった方とお会いしたとき、
それぞれにあるイメージとの差というのは、
それぞれの情報を汲み取る力とかセンスから
生まれる差なのでしょう。
現に、CGで大昔の人間の声を復元したりする場合は
身体器官の情報を隈なく集めるはずです。
存在する情報だけにはなりますが。。
声だけでやり取りしている間にも、
ちょっとした抑揚や声色などに思いをはせ、
実際にお会いした際に想像とのズレを少なくするトレーニングを
読書から学んでいる、といった言い過ぎでしょうか。
